【書評】樋口耕太郎『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』こころの資本の経済学を、お金と愛で読み直す440ページ

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マンタです。DX/RevOpsコンサルタント、副業ミュージシャン兼個人事業主として次のビジネス、音楽や趣味を探求し、新しい生活様式を模索しています。

今回は、樋口耕太郎さんによる『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である こころの資本の経済学』(ダイヤモンド社、2025年9月17日発売、440ページ) を読みました。著者の樋口耕太郎さんは、野村證券・米国野村證券・レーサムリサーチを経て、2004年に沖縄のサンマリーナホテルを取得して再生、2006年には事業再生会社トリニティを設立した方です。2012年からは沖縄大学准教授も務め、沖縄でひっそりと10年以上にわたって開催してきた「次世代金融講座」が本書のもとになっています(出典: ダイヤモンド社 プレスリリース、紀伊國屋書店ウェブストア 書誌ページ)。

帯には「経営者・ジャーナリスト・学者がこぞって参加した“伝説の講義”が、ついに書籍化」とあります。実際にページをめくると、ビジネス書の棚にあるのに、語り口は半分エッセイ、半分は経済学の講義録のような独特の温度感があります。「お金の話を、愛の言葉で書き直してみる」という、一見トリッキーな試みが、440ページずっと真面目に続く一冊でした。

結論から言うと、「資本主義のなかで働き続けることに、どこか持続不可能感を抱いているビジネスパーソン」「お金とどう付き合うかを、もう一段深い言葉で考えたい人」には、ゆっくり時間をかけて読むだけの価値がある一冊だと感じました。

この本は誰向け?

一言でいうと、「株主資本主義のなかでキャリアを積んできて、これから経営・経済・お金との付き合い方を再設計したい人」向けの本です。とくに、

  • 投資銀行・コンサル・SaaS・スタートアップなど、短期的な株価/ARR/評価額の物語のなかで働いてきた人
  • 経営者・マネージャーとして、業績と「組織のなかの空気」のあいだで悩んでいる人
  • お金や評価で測りきれない、「自分の納得できる仕事や生き方」を言語化したい人

には、本書の「愛の経済学」「こころの資本」というキーワードが、自分の日常を別の角度から照らしてくれる補助線になります。自己啓発書としてだけでも、経済書としてだけでも、回収しきれない――その両方をまたいだところに本書のポジションがあります。

この本の前提:「いま、愛なら何をするだろうか?」

本書を一行で要約すると、「いま、愛なら何をするだろうか?」という問いを、経営・経済・自分の人生に同じ深さで投げ続ける本です。

私たちは普段、ビジネスの場面で「いま、株主なら何を求めるだろうか」「いま、上司なら何を期待するだろうか」「いま、市場なら何を評価するだろうか」と問い続けています。樋口さんは、その問いの主語を「愛」に置き換えてみる、という非常にシンプルな提案をしています。

主語を変えるだけ、と聞くと、ふわっとしたスローガンに聞こえるかもしれません。けれど本書では、「愛」を経営・経済の制度設計レベルまで具体に落としていくところに分量を割きます。利益や成長率ではなく、自尊心・自己受容感を毀損しない経済をどう作るか。組織のなかで人と人とがどう支え合えば、結果的に企業や社会が持続的に伸びるか。フワッとしたメッセージに、440ページの“裏付け”が乗っかっている――これが本書の独特なバランスです。

構成:6面構成。経営から始まり、最後は「いま、愛なら?」に戻る

本書は「章」ではなく「面」で章立てされています。これは、経済や人生を多面体として捉えるという著者のスタンスを反映した構成のようです。

  • 第1面 愛の経営
  • 第2面 マトリックス
  • 第3面 自分を愛する旅
  • 第4面 愛の経済学
  • 第5面 すべては自分から始まる
  • 第6面 いま、愛なら何をするだろうか?

第1面で「組織のなかで愛を経営に置き換える」ところから入り、第2面で『マトリックス』(映画)を補助線にして二元的価値観の罠を語り、第3面で読者自身の自己受容に降りていきます。後半は再びマクロに引き上げて、「愛の経済学」「すべては自分から始まる」「いま、愛なら何をするだろうか?」と、自己→経営→社会への往復運動で閉じられます。ミクロ(個人)とマクロ(経済)を行ったり来たりするのが本書の運動神経で、ここがいわゆる自己啓発書とも経済書とも違う読み心地を生んでいます。

ハイライト3つ

1. 株主資本主義への違和感を、構造で言語化してくれる

本書の前半でいちばん刺さったのは、株主資本主義が、私たちの自尊心をどう少しずつ削っていくかを、感情論ではなく構造で語っているくだりです。

四半期決算・KPI・株価・評価額――これらは便利な道具ですが、「測れるもの」しか経営の対象にしないと、結果的に「測れないもの(信頼・関係・誇り・遊び)」が組織の外に押し出されていく。著者は、自分自身が野村證券・米国野村證券・レーサムリサーチで金融最前線にいた経験を踏まえながら、「数字は嘘をつかないが、数字だけを見ていると人の自尊心を見失う」という問題提起を繰り返します。

これは私自身、DX/RevOps の現場で「KPIをきれいに整えるほど、なぜか現場が静かになっていく」という不思議な体験と重なりました。短期の数字を握りに行くほど、長期の関係資本が痩せていく。本書の「こころの資本」というネーミングは、この“目に見えない減価”を経営の語彙に取り込もうとする試みとして読めます。KPI 設計や RevOps をやっている人にこそ、解毒剤として読んでほしい章でした。

2. 『マトリックス』を補助線にした「二元的価値観の罠」

個人的にいちばん面白かったのは、第2面の『マトリックス』を補助線にして二元的価値観の罠を解くくだりです。

私たちは普段、勝/負・善/悪・正/誤という二元のコードで物事を判定しています。これはこれで効率的ですが、二元のあいだにとどまると、自分が「勝/正/善」側にいることを示し続けないと安心できないという消耗の構造に巻き込まれていきます。著者はここに、第三の側面としての「愛」を置きます。「愛」は二元の外側から二元を眺める視点であり、勝つ/正しい/善であることに依存しない自己受容を可能にする、という整理です。

ここを読みながら、自分が日常的にやっている「商談で勝った・負けた」「上司に褒められた・落とされた」「KPIを達成した・未達だった」という二元的な振り子から、いったん降りて経済を眺め直す視点が手に入りました。ビジネスの議論を二元の外側から見られる人は、長期的には強い経営をします。マネジメント/プロジェクトマネージャー/PdMの方には、第2面だけでも単独の価値がある章だと思います。

3. 「自分を愛する旅」が、なぜ経済の話になるのか

第3面〜第4面は、個人の自己受容感の話と、経済(経営)の話が、なぜ同じ平面でつながるのかを、丁寧に橋渡しする章です。

本書のタイトル「人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である」は、最初は自己啓発のキャッチコピーのように響きました。けれど読み進めると、「自分を愛せる人だけが、他者を本当に大事にできる」「他者を本当に大事にできる組織だけが、長期的にお金以外の資本(信頼・誇り・関係)を蓄積できる」という連鎖が、著者の事業再生(沖縄サンマリーナホテル、トリニティ)の実践とともに語られます。

ここが、本書を「ふわっとした自己啓発書」ではなく「経済書」として読める境目だと感じました。「自分を愛する旅」は、最終的には経済の生産性の話になる、という言い切りには、賛否があるはずです。マンタ自身、半分は反論したくなりつつ、半分はうなずいてしまいました。自分の中の意見が割れる読書体験は、それだけで読む価値があります。

気になった点・読むときの覚悟

正直、簡単に読み切れる本ではありません。読んでいて、いくつか覚悟が必要だと感じた点を書いておきます。

  • 440ページ・A5判で、章立ても直線的ではないので、1〜2週間ぐらいかけて少しずつ読むのが正解の本だと思います。通勤の片道で1面ずつ進めるくらいの読み方が合いました。
  • 自己啓発と経済学のあいだを行き来するので、「効率よく結論だけ知りたい」タイプの読書とは相性が悪いです。結論はタイトルに出ているので、結論よりも“著者の論証の運動”を楽しむ読み方を勧めます。
  • 「愛」「自己受容」「こころの資本」という語彙は、人によって「ややスピリチュアルに感じる」かもしれません。マンタ自身は経済書として読みましたが、スピリチュアル系の言葉が強いアレルギーになる人は、最初の数十ページで距離を測ってから先に進むと良いと思います。

こんな人におすすめ

  • 株主資本主義のなかで働いてきて、「数字を握り続けることの持続不可能感」を最近感じている人
  • 経営者・マネージャー・PdMで、業績と「組織のなかの空気」の両立に悩んでいる人
  • 投資・副業・独立を始めて、お金との付き合い方を再設計したい
  • 沖縄・地方経済・事業再生に興味があり、ローカルから経済を考え直したい
  • 『マトリックス』が好きで、映画と経済学の橋渡しを読みたい人

一緒に読みたい関連書

  • 『21世紀の資本』(トマ・ピケティ/みすず書房) ── マクロな格差データから、「資本側の取り分が長期で増え続ける構造」を歴史で見せた一冊。本書とは結論の方向は違いますが、「お金以外の資本も含めて経済を考える」という観点で並べて読むと刺激になります。当ブログでは入門編として高橋洋一さんの『図解 ピケティ入門』の書評も書いているので、合わせてどうぞ。
  • 樋口耕太郎『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』(光文社新書、2020年) ── 著者の以前の代表作。本書の「こころの資本」「自己受容感」を、沖縄のローカル経済をフィールドにして語った前哨戦のような本です。

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まとめ

「お金の話を、愛の言葉で書き直してみたら、経済はどう見えるか?」――この問いを、440ページかけてしつこく検証していく一冊でした。結論はタイトルに出ているのに、そこに辿り着くまでの“面の取り方”がユニークで、読み終わったあとも何度か棚から抜き出してパラパラめくりたくなる本です。

DX/RevOps/SaaS の現場でKPIや株価の物語に少し疲れた人ほど、ゆっくり時間をかけて読む価値がある。私自身、このレビューを書きながら、「いま、愛なら何をするだろうか?」という問いを、自分の仕事のロードマップに1行だけ書き加えました。それだけで、来週からの会議の聞き方が少し変わる気がしています。


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