【書評】栗原康太ほか『ABM 基本と実践』──”どの企業に向き合うか”から始めるBtoBの組織的アプローチ

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こんにちは、水野です。MA/CRM業界のマネージャーとして本業でAIビジネスを設計し、副業でスタートアップの営業戦略を支援しています。そしてミュージシャン活動もしています。

今回は、BtoBマーケティング支援の第一人者として知られる株式会社才流(サイル)の栗原康太さん・政次貴弘さん・今西佑太さんによる『ABM 基本と実践 重要顧客に集中し事業をスケールさせる』(日本実業出版社)2026年4月に読了しました。

正直に言うと、「ABM(アカウント・ベースド・マーケティング)」というバズワードは昔からずっと気になっていた一方、海外のフレームワークをそのまま和訳したような書籍が多く、実務に落としにくいという感覚がありました。ところが本書は、才流がコンサル現場で10社以上の日本企業を支援してきた生々しい知見をもとに、「日本企業のための」ABMを体系化していて、約400ページのボリュームが最後まで止まらずに読めます。結論から言うと、BtoBで大手企業・重要顧客との取引を本気で伸ばしたい人、SFA/MA/CRMを扱う実務者には、まず手元に置いておきたい1冊です。

この本は誰向け?──ABMは”逆転の発想”である

序文で著者らはこう書きます。売上を伸ばそうと思ったとき、普通は「広告」「テレアポ」「展示会」「デジタルマーケティング」を思い浮かべる。つまり“数を集めて絞り込む” 発想です。

ABMはこれを逆転します。

まず取引したい企業を選び、その企業に対して営業・マーケティングをはじめとする自社のリソースを集中させる。

重要なのは、リード数・PV・CPA・コンバージョン率といったLBM(Lead Based Marketing)で重宝される指標が”中心ではなくなる” という点です。代わりに追うのは、ターゲット企業からのリード数、ターゲット企業との面談数、名刺獲得数、そしてLTV(Life Time Value)

“このルールの世界に踏み込んでいる日本企業は少なく、体系的な情報もほとんどない” ── この問題意識が本書の出発点になっています。

どんな構成?──基礎知識編+実践編+10社以上の事例

本書は大きく2部構成です。

  • 基礎知識編(第1〜2章):ABMの定義、LBMやエンタープライズセールスとの違い、日本市場向けの3パターン(ラージ/ミドル/スモール)、推進体制、4フェーズの育て方
  • 実践編(第3〜8章):ターゲット選定 → アカウントプランニング → 施策の実行 → モニタリング → 体制構築 → デジタルツールの順に、章末に行動チェックリスト付きで具体化

さらに、NTTドコモビジネス、SmartHR、JTB、ナレッジワーク、ユーザベース、SBペイメントサービス、NECソリューションイノベータ、Leaner Technologies など10社以上の日本企業の事例が本文のあちこちに差し込まれていて、「うちの会社に当てはめるとどうなるか」を常にイメージしながら読める構成になっています。

ハイライト3つ

1. 「ABMのドーナツ化現象」という、痛すぎる現場の診断図

本書でいちばん”刺さる”フレームが、この 「ドーナツ化現象」 です。

アカウントプランの運用、顧問の活用、1to1レターの送付、オフラインイベント、BDRの設置、MAの活用、イネーブルメント体制の構築……。世の中には魅力的な”ABM施策”が溢れていて、調べれば調べるほど「このツールを入れれば解決するかもしれない」と錯覚します。

著者らは、外側には立派な施策・ツールが並んでいるのに、真ん中にあるべき「どの企業に、どう向き合うか」が空洞になっている状態を「ドーナツ化現象」と呼びます。

「抽象的で重い議論」よりも「具体的で輝いて見える手段」が優先されてしまう。

このフレーズだけで、過去に自分がどれだけ”ドーナツ”を焼いてきたかが走馬灯のように思い出せました。MA・SFA・CRMを導入する現場に長くいると、「とりあえずスコアリングを設計しよう」「インテントデータを買おう」といった手段から入って失敗するパターンは本当に多い。最初にやるのは、ターゲット企業をバイネームで選び直すことだという診断は、本書全体を貫く背骨になっています。

2. “日本市場の現実”に合わせた、ラージ/ミドル/スモールの3パターン

もうひとつ、本書が本当に偉いと感じたのが「海外のフレームワークをそのまま持ち込まない」 という姿勢です。

ABMが体系化されたアメリカと日本では、前提が真逆に近い、と著者らは整理します。

  • データ環境の制約:米国はLinkedInが人口の約6割に普及していて、役職・部署・所属でピンポイントにキーパーソンを狙える。一方、日本のLinkedIn利用者は人口の3.3%程度。個人情報保護法・電気通信事業法の改正でCookieベースのアプローチも厳格化されている
  • 意思決定文化の違い:米国は「トップダウン×平等主義」、日本は「合議型×ヒエラルキー重視」。アメリカ流に”決裁者ひとりを落とす”発想で設計すると、日本の合議制にまったく刺さらない

そのうえで才流は、1社あたり見込めるLTV意思決定の複雑性 の2軸で、日本企業向けに3つのパターンを用意しています。

パターン 目安LTV 意思決定 主な商材例
ラージ 3,000万円以上 業務変革を伴う、意思決定者が複数 全社ERP、戦略コンサル、大規模BPO
ミドル 1,000万〜3,000万円 部門責任者・役員クラスが複数関与 SFA/MA、製造装置、BPO
スモール 500万〜1,000万円 課長・責任者クラスが選定権 業務特化SaaS、スポット型サービス

「ひとつの営業チームにラージ・ミドル・スモールを混ぜない」 という原則も同時に提示されていて、このあたりはマネージャー・役員クラスの組織設計のヒントとして非常に有用でした。自社のメイン商材はどこに近いのか、どのパターン向けの組織設計がずれているのか、読みながら紙に書き出す手が止まりません。

3. ターゲット選定の「四象限」と、1年目を乗り切る「ロマンとそろばん」

実践編のなかで、いちばん明日から使えるのが「ターゲット選定の四象限」 です。

  • 縦軸:期待粗利(その顧客から今後得られる粗利の見込み)
  • 横軸:難易度(取引実績、接点の広さ・深さ)

この2軸で、ターゲット企業をTier1(最優先)/Tier2(昇格候補)/Tier3(受動対応)/Tier4(原則追わない)に分類していきます。特に良かったのは、“営業担当者の思い入れ”でターゲットが決まる落とし穴と、“属性(業種×売上規模)だけ”でリストを作る落とし穴をケース付きで潰してくれている点。
才流が「キーポテンシャル」と呼ぶ、“なぜあの会社は買ってくれたのか”という再現可能な条件を言語化してから絞り込む、という順番が徹底されていて、そのまま自社にインポートできます。

そしてもう一つ経営者・マネージャー視点で効いたのが、「1年目の売上目標」と「中長期のABM活動」の両立、いわゆる「ロマン」と「そろばん」の話。

ABMは受注までに1年以上かかることもめずらしくない。1年目は”案件を育てる期間”であり、2年目に受注を獲得できる状態をつくることが目標。

それを経営陣と事前に合意したうえで、「進行中案件」「既存顧客のアップセル/クロスセル」「今期に受注できる新規」で1年目の売上を確保する二正面作戦まで明文化されており、“ABMやりましょう”だけだと半年で空中分解する理由を予防策込みで教えてくれる。

気になった点・注意点は?

  • 約400ページと重量級。本書自身も第3章冒頭で”実践編の効果的な使い方”を示してくれているので、自社のいまのフェーズに当たる章から先に読むのもアリ。
  • 個別施策(1to1レター、顧問、オフラインイベント等)は”日本企業のリアルな泥臭さ”の塊。「ABM=かっこいいテクノロジー施策」を期待すると肩透かしだが、そこが核心。
  • BtoC寄りの事業には直接は当てはまりにくい。BtoBで大手・重要顧客との取引拡大を狙うチーム向け。

こんな人におすすめ

  • BtoB の営業・マーケティングで、大手企業相手の案件が受注まで届かない/既存深耕が進まないと感じている現場のマネージャー・リーダー
  • SFA・MA・CRM(HubSpot、Salesforce など)を運用しているが、“ツール導入ありき”で数字が伸び悩んでいるチーム
  • スタートアップの経営者・事業責任者で、スモールからエンタープライズに顧客ポートフォリオを引き上げたい
  • 「ABMという言葉は知っているが、結局何をどの順番でやるのかが分からない」人
  • 営業とマーケティングの壁(本書に出てくる“俺の客問題”)を、組織で本気で壊したい人

一緒に読みたい関連書

  • 『新規事業を成功させる PMFの教科書』(栗原康太・黒須敏行/翔泳社) ── 本書でも第2章で「ABMを始める前提条件としてPMFを達成していること」が繰り返し強調されます。まだPMFが見えていないチームは、ABMより先にこちらを読んだほうが投資対効果が高いはずです。
  • エリン・メイヤー『異文化理解力』 ── 本書が引用する「トップダウン型×合議型」「平等主義×ヒエラルキー重視」の4象限マップの元ネタ。“なぜ日本ではトップ一本釣りだと受注できないか” の理論的な裏付けとして併読がおすすめです。

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ABM 基本と実践 重要顧客に集中し事業をスケールさせる

栗原康太・政次貴弘・今西佑太 / 日本実業出版社

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まとめ

『ABM 基本と実践』は、才流のコンサルティング現場の泥臭さと、日本企業10社以上の事例をまるごと詰め込んだ、“日本語で読める、現時点でいちばん実務に効くABM本” でした。

  • ABMは“どの企業に、どう向き合うか” から始まる
  • 海外フレームワークをそのまま輸入せず、ラージ/ミドル/スモールの3パターンで自社に寄せる
  • 1年目の“ロマンとそろばん” を経営陣と合意しておく

この3つさえ持ち帰れば、明日の営業会議のアジェンダが一段レベルアップします。BtoBに関わる全ての人が、一度は通っておくべき”教科書” として、自信をもっておすすめできる1冊でした。


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